考察 この世界は不完全な世界か? 作成2011-1-11
私がこのサイトをはじめてから得た結論のひとつについて書いています。
世の中でおきていることを理解する助けになればと書いています。
人々は言う。「この世界は不完全ではないか。」 「この異常な世界は神が創ったのか?」
私は言う。「完全な神の創造を壊しているのはサタンである。」 「この世界を異常な世界にしているのはサタンである。」、、と。
それと、「そもそもサタンが、あの古いヘビがイブとアダムをだましたからエデンの園から追い出されたのではないのか?」と言いたい。
私達は巻き込まれている。 完璧に。
人は言うだろう。 「私たちはゲーム盤上の駒ではないのか?」 「神とサタンがそこでゲームをしているのではないのか?」
それは違う。
サタンが神に対して一方的に戦いを挑んでいるだけ。 (それも勝てる戦いではない。考えればすぐわかることだが、、、)
サタンが私たちをゲーム盤上の駒として選び、使っているだけ。
私たち人間が完全に巻き込まれている。 (人類全体であると思う。だから、全世界に福音が伝えられることが必要なのだろう。)
サタンにとって「この戦いに最適なゲームの駒は人間以外にはない」のだろうと思う。
地球の環境汚染はサタンにとっては「神への戦い」のおまけのようなものなのだろうと思う。
神の愛するものを壊すことによって勝利感を得るという言い方もできるかもしれない。
このサタンがしているゲームとはどんなゲームか?
神が愛している私たち人間を神から引き離す。
人が神から離れるのを見計らって、それをサタンがゲーム盤からの「あがり」とする。
この場合の「あがり」とは「人を大きな底なしの穴に落とす」ことであろう。
この穴は、将来、サタンが行くはずの穴である。
この穴はサタンのためにつくられた穴である。 (人を送り込むためにつくられたものではない。)
(この穴は地獄と呼ばれている)
繰り返す、
私達人間をゲームの駒として使ってもてあそんでいるのはサタンである。神がしているのではない。
このことを見誤ってはいけない。
サタンとサタンに従う人々が、この世界を壊している。 人間をゲームの駒にしている。
サタンは神に勝つことができない。 それが分かっているのであろう。
それを私達人間に知られたくない、知らせない。 それがゲーム戦略である。
ゲーム戦略上、聖書という存在を葬り去りたいのであろう。
だから、聖書を「愚か者の信じるもの」 「古くさい埃のかぶった本」としたいのだろう。
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ゲーム戦略上、サタンは宗教を作らなければならない。 だからキリスト教以外のすべての宗教はサタンつくったのであろう。
私がときに、「キリスト教は多くの宗教のうちのひとつの宗教ではない」と言っているのはこのことを言っている。
創世記にあるとおり、アダムとイブは神を直接知り、交流があったと理解している。
エデンの園を追放され、アダムとイブにできた子供達にはその経験は無い。
サタンはそれを利用して多くの宗教をつくった。
特にバベルの塔で多くの言語に分かれた時がチャンスだったことであろう。(これは歴史の流れのとおりではないか。)
「言語の違いイコール宗教の違い」のように。
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視点が重要。
視点を変えると理解できる。
複雑ではない。
複雑に見せるのはサタンの常套手段ではないのか?
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関連:(? でもないのですが、、、)
ノアの大洪水。 8人だけが生き残った。
誰かがこのことを「どんな神が、そんなに多くの人々を殺すのか?」と指摘していた。
(「神は愛の人ではないのか?」という問いでもあるだろう)
それは違う、視点がまったく違う。
こう考えるとどうだろう:
サタンが世界をどうしようもないくらいに堕落させ、破壊してしまった。
8人を残して人類にやり直しをさせたのは、「人に対する神の愛がまだあったから」
視点が変わると理解できなかったものが見えてくる。
聞こえなかったものが聞こえてくる?
神に感謝です。
履歴:
2011-1-11 作成